「アヴェマリア」として親しまれる名曲は、グノー版・シューベルト版・カッチーニ版の3曲が有名です。
この3曲はまとめて「世界三大アヴェマリア」と呼ばれています。しかし、使われている言語も歌詞の内容もまったく異なります。
グノー版はラテン語の祈祷文。シューベルト版はドイツ語の叙事詩。カッチーニ版は「Ave Maria」のたった一語だけ。それぞれの原文と日本語訳を知れば、聴き慣れたメロディの印象が変わるはずです。
この記事では、3曲それぞれの歌詞全文を原語・日本語対訳で掲載します。成立背景や3曲の違いもあわせて解説していきます。
アヴェマリアの歌詞|3曲の原文・日本語訳を全文掲載

アヴェマリアって有名だけど、歌詞の中身は知らないかも…
3曲の「アヴェマリア」は、タイトルこそ同じですが歌詞の成り立ちがまるで違います。グノー版はカトリック教会の祈りの言葉そのもの。シューベルト版は小説の一場面を歌にした物語です。


そしてカッチーニ版は「Ave Maria」としか歌っていません。ここからは、3曲それぞれの歌詞を原語と日本語訳で見ていきましょう。
グノー版|ラテン語全文と日本語訳
グノー版の歌詞は、カトリック教会で唱えられるラテン語の祈祷文「アヴェ・マリアの祈り」そのものです。天使ガブリエルがマリアに告げた受胎告知の言葉と、信者の嘆願が組み合わされています。
ただし、グノーは正式な祈祷文から一部を変えています。本来「Sancta Maria, Mater Dei(聖なるマリア、神の母よ)」とある箇所を、「Sancta Maria, Sancta Maria, Maria」と繰り返す形に改めました。



この改変が、楽曲としての高揚感と余韻を生んでいます。
以下がグノー版で歌われるラテン語歌詞の全文と、日本語訳です。
| ラテン語原文 | 日本語訳 |
|---|---|
| Ave Maria, gratia plena, | アヴェ・マリア、恵みに満ちた方、 |
| Dominus tecum, | 主はあなたとともにおられます。 |
| benedicta tu in mulieribus, | あなたは女のうちで祝福され、 |
| et benedictus fructus ventris tui Jesus. | ご胎内の御子イエスも祝福されています。 |
| Sancta Maria, Sancta Maria, Maria, | 聖なるマリア、聖なるマリア、マリア、 |
| ora pro nobis, | 私たちのためにお祈りください、 |
| nobis peccatoribus, | 私たち罪びとのために、 |
| nunc et in hora, in hora mortis nostrae. | 今も、死を迎えるときも。 |
| Amen. | アーメン。 |
祈祷文の構成
前半はルカによる福音書1章28節・42節にもとづく「賛美」のパート。後半は16世紀のトリエント公会議以降に定型化された「嘆願」のパートです。グノー版では後半の「Mater Dei(神の母)」が省かれ、「Sancta Maria」の繰り返しに置き換わっています。
ラテン語の発音は「教会ラテン語(イタリア式)」で歌うのが一般的です。古典ラテン語とは読み方が異なる箇所があります。たとえば「gratia」は古典式で「グラティア」ですが、教会式では「グラーツィア」に近い発音です。
合唱や独唱で歌う場合は、教会ラテン語に従うのが標準です。楽譜付き教本には発音ガイドが併記されていることが多いので、はじめて歌う方はそちらを参照してください。
シューベルト版|ドイツ語全文と日本語訳
シューベルト版の歌詞はラテン語の祈祷文ではありません。ウォルター・スコットの叙事詩『湖上の美人(The Lady of the Lake)』のドイツ語訳です。この事実は、意外と知られていません。
フランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)が1825年に作曲したこの歌曲の正式名称は『エレンの歌 第3番(Ellens dritter Gesang)』D 839, Op.52-6。宗教曲ではなく、物語の祈りの場面を描いた世俗歌曲です。
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え、宗教曲じゃなかったんだ!
原詩はスコットランドの詩人ウォルター・スコット(Walter Scott, 1771-1832)が英語で書いたものです。これをアダム・シュトルク(Adam Storck, 1780-1822)がドイツ語に翻訳し、シューベルトが曲を付けました。
物語の舞台はスコットランドの湖畔。王に反逆した罪で追われる父を持つ少女エレンが、岩場のマリア像の前にひざまずき、父の無事を祈ります。歌詞は全3番構成です。
以下が全3番のドイツ語原文と日本語訳です。
第1番
| ドイツ語原文 | 日本語訳 |
|---|---|
| Ave Maria! Jungfrau mild, | アヴェ・マリア! やさしき乙女よ、 |
| Erhöre einer Jungfrau Flehen, | ひとりの娘の願いを聞き届けてください。 |
| Aus diesem Felsen starr und wild | この固く荒々しい岩壁から、 |
| Soll mein Gebet zu dir hinwehen. | 私の祈りがあなたのもとへ届きますように。 |
| Wir schlafen sicher bis zum Morgen, | 私たちは朝まで安らかに眠ります、 |
| Ob Menschen noch so grausam sind. | たとえ人がどれほど残酷であっても。 |
| O Jungfrau, sieh der Jungfrau Sorgen, | おお聖母よ、この娘の苦しみをご覧ください、 |
| O Mutter, hör ein bittend Kind! | おお母なる方よ、祈る子の声を聞いてください! |
| Ave Maria! | アヴェ・マリア! |
第2番
| ドイツ語原文 | 日本語訳 |
|---|---|
| Ave Maria! Unbefleckt! | アヴェ・マリア! けがれなき方よ! |
| Wenn wir auf diesen Fels hinsinken | 私たちがこの岩に身を横たえ、 |
| Zum Schlaf, und uns dein Schutz bedeckt, | 眠るとき、あなたの守りが覆うなら、 |
| Wird weich der harte Fels uns dünken. | 固い岩もやわらかく感じられるでしょう。 |
| Du lächelst, Rosendüfte wehen | あなたがほほえめば、バラの香りがそよぎます、 |
| In dieser dumpfen Felsenkluft, | この薄暗い岩の裂け目にも。 |
| O Mutter, höre Kindes Flehen, | おお母なる方よ、子の願いを聞いてください、 |
| O Jungfrau, eine Jungfrau ruft! | おお聖母よ、ひとりの娘が呼びかけています! |
| Ave Maria! | アヴェ・マリア! |
第3番
| ドイツ語原文 | 日本語訳 |
|---|---|
| Ave Maria! Reine Magd! | アヴェ・マリア! 清らかなおとめよ! |
| Der Erde und der Luft Dämonen, | 大地と空の悪霊たちは、 |
| Von deines Auges Huld verjagt, | あなたの慈しみ深いまなざしに追い払われ、 |
| Sie können hier nicht bei uns wohnen. | もう私たちのそばにはいられません。 |
| Wir woll’n uns still dem Schicksal beugen, | 私たちは静かに運命に身をゆだねましょう、 |
| Da uns dein heil’ger Trost anweht; | あなたの聖なる慰めが吹き寄せるとき。 |
| Der Jungfrau wolle hold dich neigen, | この娘に身をかがめてください、 |
| Dem Kind, das für den Vater fleht. | 父のために祈るこの子に。 |
| Ave Maria! | アヴェ・マリア! |
第3番の最後の一節「Dem Kind, das für den Vater fleht(父のために祈るこの子に)」。これこそがこの歌の核心です。エレンは聖母マリアに、父の命を救ってほしいと祈っているのです。
シューベルトの原曲はドイツ語歌詞のみです。しかし後世に、このメロディにラテン語の祈祷文を載せて歌うことが広まりました。冒頭が「Ave Maria」で始まるため、宗教曲だと誤解されたのがきっかけです。
現在では、ラテン語版のほうがよく知られている場面もあります。しかしシューベルト本来の作品はドイツ語版です。
日本語訳詞として知られる堀内敬三(1897-1983)の「アヴェ・マリア わが君〜」は、原詩の直訳ではなく自由な意訳です。著作権は2053年末まで存続しています。
カッチーニ版|全文と「Ave Maria」しかない理由
カッチーニ版の歌詞は「Ave Maria」のたった一語を繰り返すだけです。グノー版のような祈祷文もなければ、シューベルト版のような物語もありません。全曲を通じて歌われるのは、「Ave Maria」という呼びかけだけです。
なぜ歌詞がこれほど短いのか? その理由は、この曲の真の作曲者にあります。



え、カッチーニの曲じゃないの?
「カッチーニのアヴェマリア」は、実は16世紀のイタリア人作曲家ジュリオ・カッチーニ(Giulio Caccini, c.1550-1618)の作品ではありません。真の作曲者は、旧ソ連のギタリスト・リュート奏者ウラディーミル・ヴァヴィロフ(Vladimir Vavilov, 1925-1973)です。
ヴァヴィロフは自作を古い時代の作曲家の名義で発表する習慣がありました。この曲も最初は「16世紀の作曲者不詳」として、1970年にメロディア・レーベルのアルバム『16〜17世紀のリュート音楽』に収録されています。


ヴァヴィロフ自身がリュートを演奏し、ソプラノのナデージダ・ヴァイネルが歌ったこの録音が、現存する最古の音源です。
「カッチーニ作」の表記はどこから?
ヴァヴィロフの死後、同アルバムでオルガンを担当したマーク・シャーヒンが、この曲をカッチーニ作として他の音楽家に楽譜を渡したと考えられています。1987年にはオルガン奏者オレグ・ヤンチェンコの編曲で、メゾ・ソプラノのイリーナ・アルヒーポワが録音。この録音をきっかけに、曲は世界へ広まりました。
1990年代にはラトヴィアのソプラノ、イネッサ・ガランテのデビュー盤にも「カッチーニ作」として収録され、知名度が一気に上がっています。
歌詞が「Ave Maria」の一語だけである理由も、ここから説明がつきます。カッチーニの時代の宗教音楽であれば、祈祷文全文を使うのが当然でした。しかしヴァヴィロフは正統な宗教音楽を書こうとしたのではなく、「祈り」という感情そのものを音楽にしたかったのでしょう。



言葉を削ぎ落としたからこそ、悲しみや切実さが際立つ名曲になりました。
「Ave Maria」という呼びかけだけが繰り返される嘆きの歌。歌詞が短いぶん、メロディの美しさと歌い手の表現力がすべてを左右する曲です。
3曲それぞれの響きを、実際に耳で確かめてみてください。
アヴェマリア歌詞の意味を解説|成立背景と3曲が歌う内容



3曲とも「アヴェマリア」なのに、歌詞の中身が違うのはなぜ?
グノー版はカトリックの典礼文。シューベルト版はスコットランドの叙事詩。カッチーニ版は20世紀の旧ソ連で生まれた創作曲。同じ「聖母マリアへの祈り」を出発点にしながら、まったく異なる道をたどって名曲になりました。
ここからは、それぞれの歌詞が「何を歌っているのか」を、成立の背景とあわせて掘り下げていきます。
グノー版|バッハの前奏曲に載せたカトリック祈祷文
グノー版のアヴェマリアは、約130年の時を超えた2人の作曲家の合作です。伴奏はヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685-1750)の『平均律クラヴィーア曲集 第1巻』前奏曲 第1番 ハ長調 BWV 846。その上にシャルル・グノー(Charles Gounod, 1818-1893)が旋律を書きました。
きっかけは、グノーの即興演奏です。バッハの前奏曲の上で旋律を弾くグノーの姿を、義父のピエール=ジョセフ=ギヨーム・ツィンマーマンが耳にとめ、譜面に書き起こしました。
この旋律は1853年、まず『バッハの第1前奏曲による瞑想曲(Méditation)』として出版されます。当初はヴァイオリン独奏のための器楽曲でした。同年にはラマルティーヌのフランス語詩を載せた版も出ています。
「Ave Maria」の歌詞がついた経緯
グノーがある女性にこの曲を贈ったところ、その母親オーレリー・ジュセが「もっとふさわしい歌詞がある」とラテン語の祈祷文「Ave Maria」を提案。これを受けて1859年にラテン語版が出版されました。
歌詞の内容は「アヴェ・マリアの祈り」です。この祈りは大きく2つのパートに分かれます。
- 前半(賛美): 天使ガブリエルの受胎告知の言葉とエリザベトの祝福を組み合わせたもの(ルカ福音書1章28節・42節)
- 後半(嘆願): 「私たち罪びとのために、今も死を迎えるときもお祈りください」。16世紀のトリエント公会議以降に定型化された信者の願い



バッハのアルペジオが「静かな波」のように揺れる伴奏は、祈りの音楽として完璧に機能しています。
なお、グノーが使ったバッハの楽譜には「シュヴェンケの挿入小節」(第23小節)が含まれています。クリスティアン・フリードリヒ・ゴットリープ・シュヴェンケが和声進行の「誤り」を正そうとして1小節を追加した版で、バッハのオリジナルとは小節数が異なります。
グノー版は海外では結婚式や葬儀の定番です。低音域からおだやかに始まる歌い出しが特徴で、シューベルト版の華やかさとは対照的な落ち着きがあります。
バッハの前奏曲とグノーの旋律が重なる瞬間を、ぜひ耳で確かめてみてください。
シューベルト版|スコットの叙事詩から生まれた少女の命乞い
シューベルト版のアヴェマリアは、宗教曲ではなく「物語の一場面」を歌った歌曲です。この事実を知っている人は意外と少ないかもしれません。
フランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)が1825年に作曲したこの歌曲は、全7曲からなる歌曲集『湖上の美人(Liederzyklus vom Fräulein vom See)』の第6曲。原作はウォルター・スコット(Walter Scott, 1771-1832)が1810年に発表した叙事詩『湖上の美人(The Lady of the Lake)』です。
その英語の詩をアダム・シュトルク(Adam Storck, 1780-1822)がドイツ語に翻訳し、シューベルトが曲を付けました。1826年にOp.52として出版されています。



物語のあらすじってどんな内容なの?
舞台はスコットランド高地、カトリーン湖(Loch Katrine)のほとり。かつて王の寵臣だった騎士ジェイムズ・ダグラスは、追放されて山奥に身を隠しています。娘のエレンは父とともに「ゴブリンの洞窟」と呼ばれる岩穴で暮らす日々を送っていました。
一帯を治めるクラン・アルパインの族長ロデリック・ドゥーが、王に対する反乱を企てます。エレンの父ダグラスは反乱への参加を拒みましたが、戦火は避けられません。
やがて戦いの前夜。エレンは岩場のマリア像の前にひざまずき、竪琴弾きアラン・ベインの伴奏にあわせて聖母マリアへの祈りを歌います。これがまさに『エレンの歌 第3番』、つまりシューベルトのアヴェマリアです。
歌詞の第3番にある「Dem Kind, das für den Vater fleht(父のために祈るこの子に)」が、この歌の核心です。エレンは聖母マリアに「父を助けてください」と命乞いをしているのです。
冒頭が「Ave Maria」で始まったため宗教曲だと誤解され、後世にラテン語の祈祷文を載せて歌うことが始まりました。現在ではラテン語版のほうが広く知られている場面もあります。
しかしシューベルトが描いた作品の姿は、あくまで「追われる少女の切実な祈り」。ドイツ語の歌詞を読んでこそ、この曲の本当の感動が伝わります。
ドイツ語原詩で歌われるシューベルト版の響きは、ラテン語版とはまったく違う印象です。
カッチーニ版|ヴァヴィロフが書いた言葉なき祈り
カッチーニ版は、歌詞の「意味」よりも「感情」で聴かせることに徹した異色の楽曲です。前述のとおり、真の作曲者は旧ソ連のウラディーミル・ヴァヴィロフ(Vladimir Vavilov, 1925-1973)。ギタリスト・リュート奏者として活動しました。
ヴァヴィロフは自作をルネサンスやバロック時代の作曲家名で発表する習慣がありました。1970年のアルバム『16〜17世紀のリュート音楽』に収録されたほかの楽曲も、ほぼすべてがヴァヴィロフの自作だったと考えられています。
ヴァヴィロフの死後、1987年にオルガン奏者オレグ・ヤンチェンコの編曲でメゾ・ソプラノのイリーナ・アルヒーポワが録音。この録音が国際的な知名度をもたらしました。



バロック音楽の専門家からは「16世紀の作曲技法としてありえない和声」と指摘されています。
歌詞が「Ave Maria」の一語だけである理由は、明確には記録されていません。しかしこの曲は、抑えたような悲しいメロディから始まり、途中で激しい感情の高まりを見せ、ふたたび静かに沈んでいく構成です。
グノー版やシューベルト版が「言葉で祈りの内容を伝える」のに対し、カッチーニ版は「言葉にならない感情そのもの」を音楽で表現していると言えるでしょう。言葉をそぎ落としたからこそ、聴く人がそれぞれの悲しみや祈りを曲に重ねられる。「言葉なき祈り」という表現がもっともふさわしい楽曲です。
3曲の違いが一目でわかる比較表



3曲の違いをパッと見て比べたい!
グノー版・シューベルト版・カッチーニ版は、作曲年から歌詞の長さまで大きく異なります。同じ「アヴェマリア」というタイトルで混同されがちですが、実態はまったく別の楽曲です。
以下の比較表で、3曲の違いを整理していきます。


言語・作曲年・歌詞の文字数で比較
| 作曲者 | グノー(1818-1893) | シューベルト(1797-1828) | ヴァヴィロフ(1925-1973) |
| 作曲年 | 1853年(ラテン語版は1859年) | 1825年 | 1970年頃 |
| 歌詞の言語 | ラテン語 | ドイツ語 | ラテン語(2語のみ) |
| 歌詞の出典 | カトリック祈祷文 | スコット『湖上の美人』独訳 | なし(ヴァヴィロフの創作) |
| 伴奏の原曲 | バッハ BWV 846 | シューベルトのオリジナル | ヴァヴィロフのオリジナル |
| 歌詞の単語数 | 約40語 | 約200語(全3番) | 2語 |
| 演奏時間 | 約3分 | 約5〜6分(全3番) | 約4〜5分 |



歌詞の単語数だけでも、約40語・約200語・2語と圧倒的な差があります。
シューベルト版は全3番を歌うと5〜6分ですが、演奏会では第1番のみ歌われることも珍しくありません。カッチーニ版は歌詞が短いぶん、歌い手のテンポや表現力によって演奏時間が大きく変わります。
グノー版の作曲年を「1853年」としたのは、旋律が器楽曲『瞑想曲(Méditation)』として最初に出版された年です。ラテン語の「Ave Maria」歌詞がついた声楽版は1859年の出版になります。
使われる場面で比較|典礼・演奏会・結婚式
同じ「アヴェマリア」でも、ふさわしい場面は曲ごとに異なります。歌詞の性格がそのまま使い分けに反映されています。
| 場面 | グノー版 | シューベルト版 | カッチーニ版 |
|---|---|---|---|
| カトリック典礼 | ◎ | △ | × |
| 結婚式 | ◎(海外定番) | ◎(日本で人気) | ○ |
| 葬儀・追悼式 | ◎(海外定番) | ○ | ◎ |
| 演奏会 | ○ | ◎ | ○ |
| 映画・ドラマ | ○ | ◎ | ◎ |
グノー版は祈祷文そのものを使っているため、カトリックの典礼でもっとも正統な位置づけです。シューベルト版は本来は物語の歌曲ですが、美しいメロディゆえに教会でも広く歌われています。
カッチーニ版は祈祷文ではないため典礼には不向きです。しかし嘆きの旋律が持つ力は強く、葬儀や追悼の場でとくに心に響きます。
結婚式では3曲いずれも使われます。日本ではシューベルト版の知名度がやや高い傾向ですが、海外ではグノー版が定番です。ディズニー映画『ファンタジア』(1940年)でシューベルト版が使われたことも、この曲の知名度を押し上げました。
カッチーニ版は近年、映画やドラマの挿入曲として起用される機会が増えています。「Ave Maria」という呼びかけだけが響くシンプルさが、映像との相性がよいのでしょう。
アヴェマリア歌詞のよくある疑問



アヴェマリアについて気になることがまだある!
ここからは、アヴェマリアの歌詞にまつわる疑問をQ&A形式で解説します。「自分が聴いたのはどの曲?」「日本語訳詞は使えるの?」など、よく寄せられる質問を取り上げました。
自分が聴いた曲はどれか歌い出しで判別できる?


結論から言えば、歌い出しの数秒を聴くだけで3曲を判別できます。それぞれ伴奏と旋律の入り方がまったく異なるからです。
まずグノー版は、バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1番のアルペジオ(分散和音)が先に聞こえます。ピアノやハープが細かい音を刻んだあと、ゆったりとした旋律が「A──ve Mari──a」と伸びやかに入ってきます。
シューベルト版は、ピアノの穏やかな前奏から始まります。歌い出しは「Ave Maria! Jungfrau mild」(アヴェ・マリーア、やさしき乙女よ)。ドイツ語の歌詞がはっきり聞き取れるのが特徴です。



カッチーニ版は低い音域からゆっくり「A──ve」と始まり、声がじわじわと高く昇っていきます。
カッチーニ版(ヴァヴィロフ作曲)は、伴奏がシンプルで重々しい雰囲気です。歌声は低い音から入り、「Ave Maria」の2語だけをくり返しながら、少しずつ高音域へ上がっていきます。
かんたん判別法
- 細かいアルペジオが先に聞こえる → グノー版
- ドイツ語の歌詞が聞こえる → シューベルト版
- 低い声から「Ave」だけが響く → カッチーニ版
迷ったらAmazon Musicで3曲を聴き比べてみましょう。冒頭10秒で違いがわかります。
堀内敬三の日本語訳詞は著作権切れで使える?


堀内敬三(ほりうち けいぞう、1897-1983)は、シューベルト版アヴェマリアの日本語訳詞で知られる訳詞家・音楽評論家です。NHKラジオ『音楽の泉』の解説者としても親しまれました。
結論として、堀内敬三の訳詞は2053年12月31日まで著作権が存続しています。自由に使えるようになるのはまだ先です。


日本の著作権法では、保護期間は著作者の死後70年です。堀内は1983年没のため、翌年1984年1月1日から70年間、つまり2053年12月31日まで保護されます。
演奏会やイベントで堀内訳詞を歌詞カードに印刷する場合、JASRACなどの著作権管理団体への手続きが必要です。ブログやSNSへの全文掲載も同様にできません。
一方、ラテン語の祈祷文やシュトルクによるドイツ語訳詞は19世紀の作品です。いずれもパブリックドメインとなっており、自由に掲載・使用できます。
堀内敬三の日本語訳詞は2053年まで著作権保護中です。無断転載はできませんのでご注意ください。
原語の発音がわからない場合のカタカナ対応はある?
グノー版のラテン語とシューベルト版のドイツ語、それぞれ発音のコツがあります。カタカナで完全に再現するのは難しいですが、目安として活用できます。
グノー版のラテン語は「教会ラテン語」の発音が基本です。イタリア語に近い読み方で、ローマ字読みがおおむね通じます。



たとえば「gratia」は「グラーツィア」、「fructus」は「フルクトゥス」と読みます。
注意が必要なのは「c」の読み方です。「e」や「i」の前では「チ」の音になります。たとえば「coeli」(天の)は「チェーリ」です。それ以外の場所では「ク」と読みます。
シューベルト版のドイツ語は、ラテン語に比べるとカタカナ化がやや難しい面があります。とくにウムラウト(ä, ö, ü)や「ch」の発音は、日本語にない音を含みます。
発音の参考になる方法
- Amazon Musicなどで原語歌唱を繰り返し聴く
- 合唱用の発音付き楽譜を参照する
- 声楽の先生に発音指導を受ける
カタカナはあくまで入り口として役立ちます。本格的に歌いたい場合は、原語の歌唱を何度も聴いて耳から覚える方法がもっとも確実です。
Amazon Musicなら、3曲それぞれの原語歌唱をくり返し聴けます。発音の確認にもおすすめです。
アヴェマリアの歌詞解説:まとめ
「アヴェマリア」と呼ばれる3曲は、歌詞も背景もまったく異なる作品です。グノー版はカトリックの祈祷文、シューベルト版は物語の中の少女の祈り、カッチーニ版は「Ave Maria」の2語だけで紡がれる音の祈り。
歌詞の意味を知ると、旋律の聞こえ方が変わります。ぜひ原語のテキストを手元に置きながら、あらためて3曲を聴いてみてください。


